匿名
匿名の説明
匿名(とくめい)とは何らかの行動をとった人物が誰であるのかがわからない状態を指す。自分の実名・正体を明かさないことを目的とする。
匿名の概説
各人の匿名性を保証することにより、各人のプライバシーが保護できるという利点がある一方で、匿名であるのをよい事に悪事を行われかねないという欠点がある。
各人のプライバシーが保護されるという匿名性の利点を最大限に生かせる行為として告発がある。 匿名性が保証された方法で権力者や企業の不正を暴露することで、不当な弾圧や差別を受けることなく不正を公にすることができる。
また、寄付を初めとした社会的善行も匿名でおこなわれることがある。
自分が誰であるのかを隠して寄付をおこなうことで、売名のために寄付したのではないことをしめすことができ、しかも、周囲から余計な詮索を受けずに寄付をおこなうことができる。
一方で、匿名性は悪事を助長しかねない一面がある。自分が誰であるのかを特定されなければ、後で自分の言動に対する責任を追及される危険がないので、匿名であるのをよいことに、他人を誹謗中傷するといった悪事をおこなう者が現れかねない。
匿名性のレベル
Unlinkability
次の性質をUnlinkabilityという:任意のA,Bに対し、Aをおこなった人物とBをおこなった人物が同一人物であるかどうかを判定することはできない。
各人にPseudonym(偽名、例えばペンネームやハンドルネーム)を割り振れば一応の匿名性を確保できるが、この場合にはUnlinkabilityは満たされない。Aをおこなった人物のPseudonymとBをおこなった人物のPseudonymが同じかどうかを調べることで、Aをおこなった人物とBをおこなった人物が同一人物であるか判定できるからである。
強い匿名性が要求される場合はUnlinkableであることが望ましい。
「匿名」という言葉には細かくいえば2つの意味があり、Unlinkablityを満たさないと「匿名」といわない場合と、Unlinkablityを満たさなくても「匿名」という場合がある。
Unlinkablityを満たす場合の「匿名性」と区別するため、Unlinkablityを満たさない場合の「匿名性」をPseudonymityということがある。
Undeniability
Aを行ったのが自分でないという事を第三者に証明できるとき、deniableであるといい、そうでないときundeniableであるという。
今Aをおこなった可能性がある人物が100人いるとする。このうち、99人が自分はAをおこなっていないことを証明したならば、最後の一人がAをおこなったのだと結論づけることができてしまう。
強い匿名性が要求される場合にはundeniableであることが望ましい。
Escrow Agent
完全に匿名性を保証してしまうと、匿名性を悪用する者が現れかねない。そこで、一部の権限者(Escrow Agentと呼ばれる)にのみ、誰が誰であるのかを特定する権限を与える場合がある。Escrow Agentは追跡者、開示者などとも呼ばれる。
暗号理論と匿名性
電子投票方式
電子投票方式では投票者のプライバシーを保証するため、匿名性が要求される。
次の2つの要件が数学的に保証されるとき、電子投票方式は安全であるという。
* どの投票者が誰に投票したのかは誰にもわからない。
* 投票結果は正しく集計される。電子入札方式
電子入札方式においても、入札者のプライバシーを保証するため、匿名性が要求される。
次の2つの要件が数学的に保証されるとき、電子入札方式は安全であるという。
* 落札者と入札者の入札金額だけが公知となる。その他の入札者がどの金額で入札したのかは誰にもわからない。
* 入札結果を偽ることはできない。
暗号
普通の公開鍵暗号の場合、送信者の匿名性は保証されるが受信者の匿名性は保証されない。しかし、受信者の匿名性に考慮した暗号方式の研究もなされている。
グループ署名方式
各ユーザは発行者という権限者と通信することでグループに加わることができる。グループのメンバーは署名文を作成できる。
この署名文は署名者がグループに属することを保証するが、署名文から署名者がどのメンバーであるのかを特定することはできない。ただし、追跡者という権限者のみは例外的に署名者を特定する権限が与えられている。
グループ署名方式ではUnlinkabilityとUndeniabilityが保証されている。
グループ署名方式では追跡者に署名者を特定できる権限を与えることでグループメンバーが匿名性を悪用することを抑止できているという利点がある。しかし、グループ署名方式では、追跡者に対しては一切の匿名性が保てないので、追跡者は信頼できる人物でなければならない。グループ署名方式には追跡者に対しては一切の匿名性が保てないという欠点がある。より匿名性を高めるために、署名者が指定回数以上の署名をおこなった場合にのみ追跡者が署名者を特定できるグループ署名方式も存在する。
ネットワークにおける匿名
インターネットが一般に普及する以前に盛んであったパソコン通信においては、通常、各個人に対して一つのIDが発行されていた。この環境ではIDをもちいずに活動することは難しかった。また、通常書き込み者のIDも他者にわかるようになっており、最終的にはそのIDのもとで自身の発言・行為に責任を負うことになっていた。
そのような流れから、パソコン通信に参加していた者の間ではインターネット上でもハンドルのもとで自身の発言・行為に責任を負うのがネチケットとされることがあった。しかしながら、インターネットが一般化するにつれて、パソコン通信の経験のない者が増え、例えば、日本では匿名掲示板「2ちゃんねる」の台頭もあって、自身固有のハンドル名さえ使わない匿名化が広がっている。
インターネットで発言や行動をした場合、本格的に追及すればほぼ判明してしまうが、特定のサーバに対し、多大な負担を掛けて潰すなどといった極端な荒らし行為や犯罪を犯さない限り、追及を受ける危険性は少なく、容易には自分の正体を明らかにされない。そのため一般的にインターネットでは自分の正体を明かさずに発言や行動ができると思われており、それがチャットや電子掲示板で他人への誹謗中傷を繰り返したり犯罪の温床を作り出しているという意見もある。
匿名での発言は自身の行為に責任を負う意志のないことを表しているとして、匿名あるいは実質上匿名であるハンドル(「名無しさん」「通行人」「通りすがり」のたぐい、または「あああ」などその場限りの捨てハンドル)の使用を明確に禁じるコミュニティもある。また、ソーシャル・ネットワーキング・サービスというかたちで、既存の参加者が信頼できる人物のみ新規の参加を認める[要出典]かたちで、責任ある発言を維持しようとするコミュニティも出現している。
報道における匿名
事件・事故報道では、被害者となった人物の氏名が明かされることにより、暴力的・攻撃的な取材(メディア・スクラム)がおこなわれ、また、名が世間に広まることにより、従来の静謐な生存環境が破壊されるという現象が広範に発生している。これらを二次被害という。とくに、子供など何らの反論手段を持たない社会的弱者にとって、二次被害によって受ける傷は甚大なものである。二次被害を防止するため、捜査当局が報道に対して被害者の個人情報を漏洩することを禁止すべきだという論議が急速に高まっている。
加害者に目を移すと、被疑者・加害者少年の匿名報道が少年法61条で義務付けられている少年犯罪など一部を除くと日本では実名報道がほとんどである。マスメディアの多くは被疑者が警察などの公権力から人権侵害を受けるのを防ぐために実名報道は必要だと主張している。
これらの主張に対しては、実名報道はプライバシーを侵害することがあり、被害者やその家族を苦しめるだけでなく冤罪であることが分かった被疑者に取り返しのつかないダメージを与える、刑に服した後の元犯罪者の更生の機会を奪っているという批判がある。
逆に、警察などの公権力に対しては匿名性を高くして報道する傾向がある。「*県警の調べで分かった」、「*日までに逮捕した」という言い回しが代表的で、これでは「県警」の「誰」からの情報・いつのことなのか分からず、権力チェックとなり得ていないとの批判がある。また、公権力からの情報操作に見舞われやすいとの指摘もある。新聞は警察から情報を得るために警察官個人が特定される表現を避ける傾向があり、ある新聞社が広報担当者である副署長を「副署長によると」との表記にしたところ、それでさえ「話さない」と言い出し、記述の変化でも警察の現場では拒否反応が強いという。
スウェーデンでは事件報道において一般市民は原則匿名で、政治家・上級公務員・警察幹部・大企業経営者・労働組合幹部[要出典]など社会的に大きな影響力のある「公人」が事件に関与したとされる場合に限って実名で報道される。スウェーデン以外の国でも、たとえば、「**警察の*警部が話したところによると」と発表した者の実名・階級・役職を詳細に報道することが多い。
上智大学教授の田島泰彦は、基本的に、記事の正確性、信頼性、透明性の観点から、情報の出所の明示が最も大事な原則であり、とりわけ、公権力を行使する政治家や官僚が情報源である場合、明示は当然であり、取材源秘匿は、取材源の生命にかかわる、重大な不利益になるといった場合の例外とすべきであると主張している。
民主主義の基礎としての匿名
公務員の選挙において票を投ずることはもっとも基礎的なレベルでの政治的意思の情報発信であるが、匿名でおこなうこととされている(秘密投票)。これは、投票者の投票結果を他者が確認できないようにすることで、候補やその関係者による脅迫・買収などをおこないにくくすることが目的である。選挙において匿名が保証されない場合は投票行動に対して軍事力・警察力を背景にして圧力をかけることが可能となることから、民主主義を標榜する独裁政治におちいることがある。
日本においては、日本国憲法第15条4項で、選挙において投票は匿名であることが義務付けられている。さらに、投票者の無答責も明示している(同項後段)。
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